303〜361年 · 画家 · 作家
王羲之のサイン
東晋の書家(伝 303〜361年)
王羲之とは
王羲之は4世紀、東晋の時代の人です。伝統的には303〜361年とされますが、ほかの年代説もあります。当時の名門の出身の官僚で、「書聖」と呼ばれ、約1600年にわたって行書・草書のお手本とされてきました。
その名声には逆説がつきまといます。本人の筆による作品は、一つも現存していないのです。今日見られるものは、すべて写しです。
サインの物語
もっともよく知られた作品は『蘭亭序』(蘭亭集序)です。353年、文人たちが小川のほとりで酒を酌み交わし詩を作った集まりのために書かれました。熱心な収集家だった唐の太宗が原本を手に入れ、自分の墓に一緒に埋葬させたと伝えられています。その真偽はともかく、原本は失われました。今日もっとも高く評価されているのは、馮承素によるとされる唐代の摹本「神龍本」で、北京の故宮博物院にあります。
写しは細心の注意を払って作られました。唐の熟練した写し手は、原本の輪郭を一画ずつなぞって中を埋め(双鉤塡墨)、ほかの書は石や木に刻んで拓本がとれるようにしました。こうした摹本と拓本を通して、何世代もの書家がその筆跡を学んだのです。
残っている作品の多くは短い手紙(帖)で、王羲之がどう名前を記したかがわかります。台北の国立故宮博物院にある唐代の写し『快雪時晴帖』は、名前と「羲之頓首」(羲之、頭を下げて申し上げます)という改まったあいさつで始まり、終わります。乾隆帝はこれを「三希」の一つとして愛蔵しました。また、手紙を集めた『喪乱帖』は、8世紀の写しが日本の皇室のコレクションに伝わっています。
サインの特徴
もっとも評価の高い作品は行書で書かれています。楷書と速い草書の中間で、流れるようでいて読みやすい書体です。
手紙は「羲之頓首」で始まるか終わり、名前は単独ではなく礼儀の定型句に組み込まれています。
『蘭亭序』には「之」の字が何度も出てきますが、一つとして同じ形がありません。
現存するものはすべて摹本か拓本なので、私たちが見る「署名」は写し手の手を経ています。
自分のサインに似た雰囲気を出すには
- 漢字で名前を書くなら、サイン作成の「手書き」タブで書いてみましょう。画の太い部分はゆっくり、細く抜くところは速く。筆と同じ要領です。
- 完全な草書ではなく、行書を目指しましょう。画はつながっていても、一文字一文字が読める形です。
- ローマ字のサインに書道の雰囲気を出すなら、「文字入力」タブでItaliannoやAlex Brushを、ゆるやかな傾きで試してください。
- 学ぶ人々が王羲之の「之」を臨書したように、一つの字を何度も練習して、いちばん流れのよい形を残しましょう。
原本を見られる場所
リンク先は資料館、図書館、美術館、ウィキメディア・コモンズです。
王羲之のサインについてよくある質問
王羲之の真筆は残っていますか?
いいえ。その書は、主に唐代に作られた後世の摹本と、石や木に刻まれた書の拓本を通してのみ知られています。
『蘭亭序』とは何ですか?
353年に書かれた、蘭亭での詩会の詩集の序文です。原本は失われ、唐の太宗とともに埋葬されたと伝えられています。
なぜ「書聖」と呼ばれるのですか?
その行書と草書が古典の手本となり、何世紀にもわたって書家たちに学ばれ、臨書されてきたからです。